慶應義塾大学医学部客員教授・医化学教室 末松誠

要旨

 極小分子であるガス分子は金属中心を有する補欠分子を持つタンパク質に結合し構造を変えることによって細胞や個体の機能を制御することができる。機能未知のガス分子受容体の探索は困難であったが、ガス分子が金属中心に配位結合する性質を利用し、金属含有補欠分子を有するタンパク質は「酵素」であるものが多い事に着目すると、「ガス分子の添加(または生成抑制)」を摂動として代謝物のフットプリントを検出し、標的分子となる酵素の絞り込みをすることができる。この方法によって我々はストレス誘導性のガス分子であるCOの受容体として、cystathionine beta-synthase(CBS)を同定した1,2。一方我々は金属含有補欠分子を抱合したアフィニティナノビーズを用意し、先に釣れてくるタンパク質を絞り込んで、そのリストの中からガス受容体を探索する方法によって、COの新規受容体としてPGRMC1を見出した3。PGRMC1は一時Sigma-2 ligandが結合能を有するものがあったためSigma-2 receptorの本体と報告されたものの両者は異なるタンパク質であると考えられる4。PGRMC1はヘム結合タンパク質としてヘム依存性に2量体を形成することによりEGFRに結合し、がん細胞の増殖シグナルを増強するが、COが作用すると単量体となり増殖シグナルは抑制される。PGRMC1の2量体はcytochromes P450とも相互作用し、P450によって不活性化される抗がん剤の分解を活性化することによって化学療法抵抗性を惹起する。NOGマウスにヒト由来大腸がん細胞株を移植した肝転移モデルにおける解析では、PGRMC1のノックダウンにより転移が抑制され、外因性のPGRMC1発現により転移が促進される。講演ではがん細胞の代謝システムにおけるあざとい生存戦略機構とCOの役割について最新の知見を報告する。

(関連文献)
1. Morikawa T, et al. PNAS 2012, 109(4), 1293-1298
2. Yamamoto T, et al, Nat Commun 2014, 5, 3480. doi:10.1038/ncomms4480.
3. Kabe Y, et al. Nat Commun 2016, 7, 11030 doi: 10.1038/ncomms11030.
4. Kabe Y, et al. Free Rad Bio Med 2016, 99, 333-344 (invited review)