抗腫瘍剤ロミデプシンの発見ストーリー

産総研・筑波大学 食薬資源工学オープンラボラトリ 招聘研究員
上田博嗣

要旨

ロミデプシン(ISTODAX®:イストダックス)は、演者が1988年に細菌Chromobacterium violaceum(長野県月山の土壌から分離)の培養液から単離した、国内発(おそらく国内初)のがん分子標的薬(エピジェネティクス制御抗がん剤)である。ロミデプシンは、活性をもたないリジッドな疎水性の三角錐様構造により、細胞内に容易に侵入した後、細胞内でグルタチオン等の酵素によりその構造中のS-S結合が還元開環され、はじめて強力な阻害活性を示すという、天然物原体としては非常にユニークなプロドラッグタイプの活性発現機構を有している。本剤の開発にあたり、抗がん領域は当時の会社の重点領域ではなかったことから、最終的にGloucester社に導出する事になった。Gloucester社(後にCelgene社に、さらにBMS社に買収される)は米国においてロミデプシンの開発を続け、非ホジキンリンパ腫の治療薬としてFDAからオーファンドラッグおよびファーストトラックの対象医薬品として指定を受け、欧州医薬品審査庁(EMEA)からも、CTCLおよび末梢性T細胞リンパ腫(PTCL)の治療薬としてオーファンドラッグの指定を受けた。発見した藤沢薬品自身でこの抗腫瘍剤を最後まで開発できなかった事は誠に残念であるが、米国、韓国、オーストラリア、カナダ、イスラエル等の諸外国及び日本においても(2017年7月承認)、この手で見つけた化合物が薬として販売され、がん領域の治療に貢献できた事は大変喜ばしいと思っている。現在、創薬の最前線で研究されている若い研究者の多くの方が、事前に綿密な計画を立てて、できるだけ無駄な実験をしない合理的な創薬手法を選択しているのだと思う。そのような環境で、どれだけの方が日々の研究にワクワク感を持てているのだろうか。老婆心ながら心配している。筆者の数少ないセレンディピティ創薬の成功例として、本ロミデプシンの発見経緯と当時のスクリーニングの姿勢を回顧して紹介したい。また、天然物の創薬リソースとしての展望についても私見を述べたい。

略歴
1982年:藤沢薬品工業中央研究所(大阪市)入所後、茨城県南の筑波研究学園都市(官庁研究所移転プロジェクト)に新設された探索研究所へ
1984年:栃木県の自治医科大学造血発生研究所(故斎藤政樹教授)へ国内留学
1986年:再び筑波(翌年よりつくば市)の醗酵研究所で天然物創薬を担当
1996年:米国NIH/NCIのMolecular Immunoregulation(Dr. Joost J. Oppenheim)へ留学,ケモカインの研究に就く
2005年:アステラス製薬(山之内製薬と藤沢薬品が合併)醗酵研究所創薬室長、天然物創薬、ワクチン創薬(アジュバント、デリバリー)、ワクチン事業化を担当
2015年:筑波大学産学連携部 産学連携URA,(一社)つくばグローバル・イノベーション推進 機構イノベーション推進課産学交流コーディネータ(兼任)、つくば国際戦略総合特区支援や、つくばライフサイエンス推進協議会(TLSK)の事務局運営等を通して、つくば発のイノベーション創出を推進
2020年:産総研・食薬資源工学オープンラボラトリ・招聘研究員、現在に至る


 

マイクロチップを利用したデジタルバイオ分析技術

理化学研究所 主任研究員
渡邉力也

要旨

血液などの液性検体中には多種多様な生体分子が存在し、それらの量や質の変化は体内の異常を知るための重要な情報源となる。そのため、液性検体の解析から疾患の診断を行う「リキッドバイオプシー」が近年注目されており、新しい方法論が世界中で盛んに開発されている。これまでの方法論では、主として、液性検体中に存在する複数の生体分子を一緒くたに解析する手法が用いられるため、構成分子の情報が平均化されてしまう。そのため、疾患に起因する生体分子のわずかな量や質の変化を識別・検出することは技術的に極めて困難であった。この問題点を解決すべく、近年、生体分子を1分子単位で識別して、評価・診断へとつなげる「デジタルバイオ分析」が注目されている。デジタルバイオ分析の核心技術は、微小試験管を実装したマイクロチップとそれを利用した生体分子の1分子計測技術である。本演題では、私たちの新技術を含む「デジタルバイオ分析技術」の現状と、それらが拓く未来のリキッドバイオプシー像について概説する。

略歴
2004年 早稲田大学理工学部機械工学科 卒業
2006年 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻 修士課程 修了
2009年 大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻 博士課程 修了、博士(工学)
2009年 大阪大学産業科学研究所 特任研究員
2011年 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 助教
2013年 科学技術振興機構 さきがけ研究員 (兼任)
2016年 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 講師
2018年 理化学研究所 渡邉分子生理学研究室 主任研究員 (現職)
2020年 分子科学研究所 客員教授 (兼任)

研究分野
1分子生物物理学、合成生物学、微細加工学。生体分子の1分子計測技術、人工生体膜の製造技術の開発を基盤とし、基礎・応用の両面から研究活動を推進しています。


 

選択的オートファジーを活用する細胞内標的分解手法

東北大学大学院生命科学研究科 教授
有本博一

要旨

細胞内の特定タンパク質を分解するデグレーダーは、未だ熱狂のなかにあるニューモダリティーである。なかでも経口投与が可能なPROTAC は20年余りの基礎研究を経て、臨床試験が進んでいる(Arvinas社)。

標的タンパク質の選択的分解は、当該標的と細胞内分解系の近接化誘導により達成できる。PROTACは標的とユビキチンリガーゼの近接化を誘導する。一方、数百種類に及ぶユビキチンリガーゼのなかで、現状では10種に満たないリガーゼがPROTACsに活用されており、今後も発展の余地は大きい。

オートファジーは、プロテアソーム分解と並ぶ主要なタンパク質分解系であり、デグレーダー創製の魅力的な研究対象でもある。タンパク質以外の生体分子、オルガネラや病原体の細胞内の構造体を分解することは、プロテアソーム分解にないオートファジーの特徴である。講演者が発表したAUTAC技術は、オートファジーに基づくデグレーダーのさきがけである。タンパク質分解に止まらず、機能不全ミトコンドリアを除去するユニークな機能を有している。本講演では、AUTAC技術について詳しく紹介するとともに、なぜオートファジー基盤のデグレーダーがPROTACに20年も遅れて登場せざるを得なかったのか、その背景を交えて解説する。今後のデグレーダー設計に役立つ内容をお話ししたい。

略歴
1990年 慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了
     学位 博士(理学、慶應義塾大学)(1995年取得)
1990年 旭硝子(現AGC)中央研究所 研究員
1994年 静岡大学理学部化学科 助手(1999年 助教授)
2001年 名古屋大学大学院物質理学専攻 助教授
2005年 東北大学大学院生命科学研究科 教授(現職)

受賞等
慶應義塾大学 矢上賞(2016年)
アステラス病態代謝研究会 最優秀理事長賞(2015年)
日本化学会 学術賞(2014年)
有機合成化学協会 奨励賞(2000年)